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建築家・高橋さんとの出会い

2011年04月01日

3月31日(木)快晴

本日は、なんじゃもんじゃハウスこと「バウハウス三ツ沢」を設計した
建築家の高橋昌宏さん(一級建築士事務所エムズ・アーキテクツ)と
大関さんの打合せにお邪魔してきました。

このブログでも何度か紹介してきたエピソードですが、
なんじゃもんじゃの土地に家を建てる!と決めた大関さん。
何人かの設計士さんにこの土地を見せて相談をしましたが、
みんなに「やめた方がいい」と言われてしまいました。

そこで諦めず、建設にこぎつけちゃうのが、大関さんらしいのですが
実際に設計を引き受けちゃった高橋さんは、いったいどんな人なのでしょうか?

 

「ん?」

打合せの合間にリラックスされているところ、すみません。
高橋さんは、軽井沢の別荘などリゾート物件を中心に手がけている建築家さんです。
仕事場を構えるのは、臨海副都心のSOHO。春めいてきた陽射しも相まって
高橋さんもオフィスも、どことなくリゾートっぽい開放感が漂っているような。

大関商品研究所は一昨年、西伊豆にセルフビルドのログハウスを建てました。
その際、地元伊豆で紹介され、図面の作成や基礎の確認等をお願いしたのが
高橋さんでした。

お話ししているうちに、「波長が合うな」と感じた大関さん。
高橋さんの設計された建物を実際に見たことはありませんでしたが
この人にお願いしよう、と決めてしまいました。
そして、ふたり一緒になんじゃもんじゃの土地を訪れたのが、2010年1月のこと。

なぜ高橋さんは、なんじゃもんじゃハウスのお仕事を引き受けようと思ったんですか?

「ふつうに一見で、あの土地を見せられれば
『やめた方がいい』と言うのはプロとして当然ですよね」

まず地盤がいいかどうか、調べてみるまで分からない。
たとえ地盤がよくても、工事がうまくいくかどうか分からない。
たしかに素人の私(石神)が見ても、こんなところに家が建つの?と思うような土地です。

「僕も、大関さんという人を知らなかったら、やめた方がいい、と言ったと思いますよ。」

高橋さんは、お仕事を受ける上で、2つの魅力が重要だと言います。
1つ目はプロジェクトの魅力。2つ目は人の魅力。

初めて訪れたとき、なんじゃもんじゃの木と見事な竹林の魅力に惹かれたそうです。
“もののけ” みたいな魂のこもる自然は、たしかに横浜駅から徒歩圏内とは思えません。

「この土地が危ないだけで魅力がなければ、あまり危ない橋は渡りたくないし。
でも、これだけ面白い土地に何か作ろうとしてるのなら、ぜひ関わりたいと思って。」

そして高橋さんはログハウスのお仕事を通じて、大関さんの人柄と
「価値のないところに価値を見出す・生み出す」センスを知っていました。

「光るものを見逃さない。それは誰にでも出来ることじゃない」

なんじゃもんじゃハウスの設計にあたり、高橋さんは
バウハウス高円寺・バウハウス南千住を訪れました。
特にバウハウス高円寺が好きで、物や空間の使われ方から、
住む人たちが気持ちよく暮らしている雰囲気が伝わってきたそうです。
同じ時間と空間を共有しながらも、それぞれがひとりにもなれる。
なんじゃもんじゃハウスの段差を活かしたLDK
高円寺の共用スペースがヒントになっています。

大関さんの「木を主人公に」という要望、
そして土地の持つ個性、法規制上の制限などを考え併せると
建つものは自ずと決まってきた、といいます。

運も味方しました。
横浜は坂の多い町としても知られています。
三ツ沢周辺にも詳しい構造事務所さんに相談したところ、
「この傾斜だったらまず大丈夫」とお墨付きをもらったそうです。
そこで事前のサンプリングは行わず、工事が始まってから掘削した土を実験に出しました。
結果は、高橋さんの狙いどおりの、十分な体力のある土でした。
いわく「最高の地盤」

なんじゃもんじゃハウスに限らず、大関商品研究所のお仕事は、
どうもこうした「運」や「出会い」に恵まれているようです。
それはきっと「光るもの」を見逃さず、パッとつかむことのできる
大関さんの才能なんじゃないかと思います。
いわば “つかまれた” 方の高橋さんも、自然体でこの「ご縁」を受け容れ、
楽しんでいることが伝わってきます。

横浜出身の高橋さん。
実は小学生時代、なんじゃもんじゃの土地のすぐ裏にある私立校に通っていました。
横浜の物件を手がけるのは初めてだそうですが、ゆかりのある地域だったんですね。

もうひとつ、おもしろいエピソードがありました。
高橋さんはイタリアの山岳都市をこよなく愛していて
学生時代、バックパックを背負っては、幾度となく旅して回ったのだそうです。
山岳都市は中世のイタリア各地で、小高い丘や山の上に、地形に沿って築かれた町です。
周囲の都市からの侵略や、疫病から身を守るため、などと言われています。

激しい斜面に、折り重なるように連なる家々。見下ろす世界。
高橋さんの中に積み重ねられたイタリア山岳都市の体験が、
これまでにも傾斜地で眺望を楽しむ別荘を手がけさせ、
なんじゃもんじゃハウスとの出会いを呼んだのかもしれないな。

高橋さんの
イタリアの伊達男も真っ青の、パリッとしたシャツの襟元を見ながら
そんなことを思ったのでした。

 

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