やりたいことは、やってみよう。「日常」は、もっと自由になれるから。ツリーハウスを囲んで暮らすシェアハウス
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ツリーハウスについて

2011年04月15日

おおきなきがほしい

木のぼりは得意ですか。子どもの頃、大きな木にのぼったことがありますか。大人になってから、大きな木にのぼったことがありますか。もし今、大きな木があったら、自分の手と足でのぼることができますか。

『おおきなきがほしい』(作・佐藤さとる、絵・村上勉)という絵本があります。庭に大きな木が欲しい主人公の少年・かおるは、もしも大きな木があったらはしごをかけてその上に小屋をつくりたいと考えます。木の上の小屋は、かおるの特別な場所です。ときにはホットケーキを焼いたり、小鳥や虫たちと遊んだり。夏には蝉が鳴き、秋には落ち葉、冬は窓の外に降り積もる雪を眺めながら、花咲く春を心待ちにするのです。

また「ツリーハウス」と聞いて、ロビンソン・クルーソーの冒険譚を思い出す方も多いかもしれません。実際のツリーハウスには出会ったことはないけれど、絵本や物語を通して小さな頃から親しんできたよ、という人も多いのではないでしょうか。
こうした理由からか「ツリーハウス」=子どもの頃の夢、というイメージに結びつきやすく、ややモラトリアム(大人になる前の猶予)的な「自由」を連想される方もいらっしゃるようです。

そこで今日はツリーハウスと「自由」について、考えてみたいと思います。

セルフ・ビルド

ツリーハウスを持つ人は、セルフ・ビルド(=住む人みずからが、自分の手で建物を建てること)で建てる人、全部ではなくても自分も参加してつくる人が多いようです。「こんなツリーハウスが欲しい!」というこだわりはもちろん、木という生き物を土台にする以上、必然的にひとつひとつが木の個性や、その土地の気候・風土に合わせてつくられることになります。ツリーハウスはどれも唯一無二であり、逆に言えばまったく同じものは二つとつくれないのです。

大工さんに建ててもらうことももちろん可能ですが、その規模から言っても工業化された建築技術ではなく、人間の手仕事がモノを言うことになります。
だからこそ家づくりのプロではない「素人」でも“家を建てる”という行為に挑戦しやすいのかもしれません。
もちろん、木を守るという意味でも、大工、樹木医、ツリーハウスのノウハウを持つ専門家などに相談をすることは大切でしょう。
自分の手で「つくる」ことに挑戦する。その延長線上に、優れたプロフェッショナルの技能・技術へのリスペクトが生まれ、彼らの知恵や経験を通じて蓄積される「文化」を大切に守る気持ちが育つのではないでしょうか。

「なんじゃもんじゃハウス」をつくるチームにも、伝統的な木造大工の技術を持った職人さんがいます。また鳶の棟梁は、群馬のご自宅でもツリーハウスを建設中。頼りになる“先輩”たちのアドバイスのもと、オーナーやスタッフみんなで家をつくります。そしてできたら入居する人たち自身にも、ツリーハウスづくりに参加してもらいたいそうです。
自分の手で、自分の(住居ではないけれど)家をつくる。ちょっと、いやかなり、ワクワクしませんか。

DIYの家づくり=パンク!

近年、DIY(Do It Yourself)によるセルフ・リノベーションなど、自分の住まいを自分の手で好きなように改装する、という人が増えています。セルフ・ビルドとDIYはいずれも “自分でつくれることの楽しさや喜び”に通じています。「できる!」という自分への信頼感は、人を勇気づけ、元気にするのです。

と同時にそこには楽しさだけではない、ちょっとパンクなくらいの反骨精神・独立精神が太い幹のように通っています。大量生産・大量消費社会は一見豊かに見えますが(気づかないうちに)選択肢を奪われ与えられるものをただ受け流しているだけなのではないか。いつの間にか自分もそうした流れの一部になって、世界を消費し尽くしていくサイクルのスピードを加速させているだけなんじゃないだろうか。
この漠然とした、けれど誰もが気づいている「限界」を突破しようという批評性を、DIYによる家づくりは持っています。自分の手で選びとる自由。自分の日常を、自分の好きなように創れる自由。「自分で家を建てるなんてすごい!」というワクワクの裏には、実は、私たちがいつの間にか前提としている「家は、買うもの。自分ではつくれない」という一般常識(という思い込み)があります。「賃貸住宅に住んでいるのに、ツリーハウスなんて持てるわけがない!」というのも、同じですね。

ツリーハウスやセルフ・ビルド、DIYに通ずる「自由」とは決して、ひとりで好き勝手にやっていい、ということではないと思うのです。「~するべき」や「~してはいけない」「できない」といった制限から逃れ、自分の本当にやりたいことをやる。そして、できる。それが本当の「自由」ということなのではないでしょうか。

“やりたいことは、やってみる”という「自由」

冒頭で紹介した『おおきなきがほしい』という絵本。どうしてそんなに大きな木が欲しいの、と訊ねるお母さんに、かおるはこう答えます。

「どうしてって、ねえ おかあさん。おおきくて、たかい たかい 木に のぼってみたいと おもわない?」

大人になった私たちが木のぼりを忘れてしまうように、「家づくり」は私たちの手を離れ、自分では「できない」ことになってしまったように思います。いえ、むしろ「できない」という思い込みこそが私たちの足をすくませているのかもしれません。

「なんじゃもんじゃハウス」を訪れたら、ぜひ、なんじゃもんじゃの木を見上げてみて下さい。そのときにツリーハウスがあってもなくても、もしも「のぼってみたい」と思ったら、どうぞのぼってみてください。
そこから何が見えるでしょうか。ぜひご自身の目で、確かめてみてください。